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忙中有閑

 みなさんも日々忙しく過ごされていると思いますが

 どう息抜き・・・至福の時を創っていますか?


 六中観の一つに

 「忙中有閑」

 という言葉があります。

  
 忙中閑有り と読み聞かせしますが。

 【ただの閑は退屈してしまう。忙中につかんだものこそ本当の閑である】

との意味です。


 以前 たまたま通りかかった江戸川区葛西に「忙中有閑」と書かれた店を見つけ、
我が行きつけ見つけたりと入店。

 ビールを一杯いただいた後

 店員の1人に「店名の由来を知っていますか?」  「店長さんは?」

と聞きまくった事がありました。

 結局はオーナーが付けたので分かりません・・・という答えでした

 『感動の出会いは一件落着?』 みたいでしたが・・・


 忙しい中、訪れる人達の閑を充実させるとのオーナーからお客へのメッセージだったのでしょう。




  六中観の一つ一つに答えを持つ事が自分の人生哲学になります。


 私の忙中有閑の答えは幾通りかあります。

 
 親友の城戸君とのひと時は月一回で、毎日を乗り越えるには
もっと身近な毎日できる事を答えとしなくてはなりませんし


   六中観でいえば彼は私の『意中有人』の1人‘師’です。


 毎日わずかな隙間を縫って閑を楽しむとしたら・・・

 私はスポーツを選びます。

 座禅は師不在での野狐禅に陥る為、私は自宅では行いません。

  

 ジョギングをすることは身近であり
 30分程走れば汗をかき‘スッキリ’します。
好きな音楽をipodで聞きながら、ジムや周辺をランニングすることで

 振り回された心の芯を振り戻すことが出来るのです。

 忙しいとは言っても、一時間程度でしたら時間を創れますし

 多忙な毎日の中で自己を保つ為の方法です。



 もう一つは浪人時代の体験からなのですが

 二浪中のT氏とその仲間に連れて行ってもらった

  「生演奏が聴ける店」での酒と食事です。

 素晴らしい音楽を聞きながら食事と酒を楽しむ!

 

 これが自分には至福の時間であり最高の贅沢と思っています。

 一か月に1,2回そんな時が過ごせたら良いなーと考えます。
(中々実行に移せていないので、行動を起こすことにします)


 


 六中観の中の『壷中有天』という言葉は

 
 世俗生活の中に在って、それに限定されず、
 独自の世界即ち別天地を言う

 と解釈されていますが、これは難解です・・・
 どういった意味なのか、思想・宗教なのか?
未だ不明で答えが見出せません

 
 しかし簡単に判った」と言ったら

 「そう簡単に判ったつもりになっては困ります」
と安岡先生にたしなめられそうです

author:r-hasegawa, category:-, 12:24
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やりたい事
 たまたま縁あって自分は東京のこの地で開業をしています。


 私も当初は地元(栃木)での開業を考えましたが・・・
どうも「ピン」と来なかったのと、両親が全くもって開業に反対でした。



 簡単に言えば、‘親の援助・協力が得られなかった’ので
自分の直感と、わずかな縁、情報でこの地と決め実行したのです。

 正直 大変苦労をしました(特にお金)。
 担保の無い自分は借金をするにも一苦労で、自分の生い立ち(親が公務員)を
恨んだことも一度や二度ではありません。(見当違いも甚だしいですが)


 自衛隊時代の歯科の先輩からも
「なんだ東京でやれるなんて、お金持ちだったんだ」 
とか
「東京で開業なんてすごいねー」

と言われたりします。

 
 卒業後も奨学金の支払いを続け完済したのは今から3年前です。

 どこが『良い』のか『凄い』のか・・・
 私にはさっぱりわかりません。

 おそらくは『東京で…』というのが一種の権威性を持っているのでしょうが!



 私の現状と言えば
 いまだに自分所有の不動産が無いので
 相変らず融資には苦労をしています。
 10年経ち‘多少’の実績による信用が付いたぐらいなものです。


 要するに〈開けてみれば〉です!

 そして、【あーどうして人は人を計るのかなー】

と考えます。


 「東京では最先端の歯科医療をやれるが、地方ではやれない」

 「一日何人来る?東京は人口が増えてるから、こっちは過疎だよ」

 こういう問いかけに何の意味があるのでしょうか?

 
 歯科大学という人生の空港から飛び立つ時
 自分で進む道(行先)を決めたはずです!

 一度ステイしたとしてもまた飛び立てば良いじゃない。
 トランジット大いに結構だと思うけど・・・

 

 数字や地位、マスコミからすり込まれたイメージで
 物事を計るのは、この社会が持つ限界です。

 自分も含め周りと比較することなく、
 社会のスキーム、観念から自己の精神だけは解放すべきです!


 自身の勤労で得られた‘果実’を自分なりに楽しむ権利があるのですから。
 

 会社が変化し、社会も変化すれば、その際に生じるエネルギーに
人は圧迫されます。

 一生懸命にやろうとするほど、スピードに付いていけない自分を見つけてしまい
苛立ちと共に思考が変化してくる。

 よく社会にモマレルなどと言いますが、
自己の感性や生きるための意味まで、もみくちゃにされてはたまったものではありません。



 自己を保つ為の方法を見つけなければいけませんし、

 自分の信ずる社会に向かってひたむきに努力を続ける事。


 それは、本来地位や権威・権力とは無関係なはずです。

 
 それこそが誰もが持っている
 一個人の心の内(やりたい事)なのではないでしょうか?

 もしもそこに権威があるとするならば
 『底光りする』自ずから備わった真の「尊敬」でしょう。


 若くして自分の『やりたい事』を見つけた人は世の中を席巻するのでしょう。
 一部の天才かもしれません。

 大抵の人間は人生の浮き沈みを経験し、やっと気が付くのが関の山です。


 勤労によって得られた‘果実’で自己を磨き、道あるを知り
 役割(純粋な仕事)を終えるころ、その道を歩み始める。

 

 私は自分の人生のやりたい事をする時期をそうとらえています。

 
 A Wonderful Life
author:r-hasegawa, category:-, 11:42
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中間地点
 何か自分を突き動かす出来事なり、感動があった時に
このブログを書こうと思っていたが、材料に乏しい時がある。

 今、まさにそうなのだが 理由の一つに‘自分を休ませる休日’に
今回のゴールデンウイークをしている所為もある。


 休戦モード・・・


 人生の‘役割’である院長職も休みであわただしさが無く
‘自己’の時間をゆったりと過ごしている。

 好きな本を読み返したり、音楽を聞き、スポーツで汗を流す。

  

人生の中間地点を過ぎたのか?
今まで無理をしてきたのか?
少し‘歩み’をゆっくりにしよう・・・などと考えている


 歩みをゆっくりという表現は、あくまで‘役割’の話しであり
‘自己’の知的欲求は旺盛であり、そのためのゆっくりである。

 

 自分の健康の話しをすると
 開業して10年の間に健康診断は1回だけ

 流石にここの所、休み無しの状況で「健康」が気になりだした。

 区の検診を受け、当日分かっただけでも
悪玉コレステロールはレッドゾーンと肝機能が少々悪い。


 特に動じたりはしないが、自分の意識の変化は確認できる。


そんな中
  「ここ最近目に留まった記事で頭の中で理由が見つからず、
かつ繰り返し起きている事」

 「気になっていたが、そんな事も有るだろう位に考えていた事」


 ‘スポーツ選手の突然死’がそうだ


 昨夜のダーレ・オーエン選手の死亡記事は衝撃的だった。

 26年の人生では、中間地点を認識していハズもなく
ただひたすらにオリンピックの金メダルを目指していたのだろう。

 トップアスリートの精神的成長は同年代の一般人より速いと
インタビューを聞いたりして感じる。

 年齢26歳でも、そのアスリートとしての「実年齢」はいくつだったのか?

 もしかして「中間地点」を過ぎていたのでは・・・

 
 現行のスポーツ医学の管理体制でなぜこのような事例が続くのか?

 疑問が残る。


 自分の健康を気遣う時間を持てるようになると
‘生’への不安が意識の片隅からその勢力を周囲に拡大し始める。


 『スポーツの世界では肉体的限界を精神的限界が超えることは無い』


というが、限界値を近づける努力をしていることは確かだ。


 目標を達成すれば、また更なる高みを目指す時

 必ず自分の中の「安全装置」を外している。

 
 私が所属していた陸上自衛隊普通科部隊での【レンジャー訓練】などは
人間の体力・精神力の限界を超える訓練でした。
 私も2度参加しましたが、帰宅してやっと眠りにつこうとしても
目がさえ・急に涙が溢れ眠れないのです。

 
 有事を想定した訓練は日常とは遠くかけ離れたものです。



 トップアスリートのトレーニングもやはり究極で、限界への挑戦なのでしょう。

 モチベーションアップや疲労回復のための最新技術は
人間の精神的限界値を押し上げ、「感じなく」してしまっているのではないだろうか?


伸び続けている色々な競技の世界記録は人間の限界に達しつつあるように思えてならない。


 肉体の限界に近づく時、精神も限界に近づいている

 そんな時に押し寄せる精神的ストレスのケアを怠り、
リカバリーのアプローチを間違ったケースなのではなかろうか?


 世界中の人々が北島との対決を楽しみにしていただけに
オーエン選手の訃報はオリンピックまで3か月を切った今
余りにショッキングであり、多発しているこのようなスポーツ選手の突然死に対する
研究・回答が待たれる。

 
author:r-hasegawa, category:-, 10:49
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問題意識を持って
 先週第2回の木鶏会を開催しました。

 今回の対象記事の中でも多くの人が取り上げたのが
料理の鉄人として一世を風靡した道場六三郎氏とフレンチの鉄人坂井宏行氏の対談です。

  
 その道の達人と自己の人生を重ねるように参加者が人生と生き方を語ります。

 スタッフの皆一人一人が本当に真剣に取り組んでくれています。
そして普段は多くを語らない人が、色んな事を考えているのが分かり
院長として大変勉強になります。

 組織の長として、数人に分けての食事会だ面談だのと試行錯誤してきましたが
この木鶏会が「私には」一番合っているようです。



  今回取り上げた両氏共、

 人生においてどっぷり仕事漬けの時期が無いとダメ!と言っています。
 そういった時期を経て、自分の仕事が見えてくるとのだと!

  厨房に一日17,8時間居たそうです!

  まさに仕事漬けの日々。

 そういった毎日から学んだ事柄が実学となり、今の自分を支えているそうです。


 過去を振り返らない姿勢と
 順境・逆境にあっても常に心を平静に保つ術を身に付けてきたお二人。


  特筆すべきは満足に教育を受けていない道場氏の教養の豊かさです。
 
 
  逆境にあるとき、自分の軸を探すため先人の教えを求め続けた姿を
我々も見習わないといけません。



   文中双葉山の「我いまだ木鶏たりえず」の話もされていました。

  

 先人・先達の教えを学ぶ事は、人生に対峙する時の支え・知恵となり
自己を練る事になります。


 それに皆が気付いた模様です。


  毎日を生きることはそれだけでも大変なことです。
 しかしそれをいかに素晴らしいものにしていくか?(Wonderful Life)


 この『問題意識』を持ち生活をしていかないと
出会う局面ごとに違う対応を迫られ、いつしか対応しきれなくなってしまいます。

 
 自分の心の内を見つめ、時にはは断ずる必要があるのです。

 そういった決心を先人の教えを学ぶことで、スピード感が出てきます。


  「悩み勝利せず」


  練度を上げないといけません・・・



 先週の土曜は親友の城戸君と『OK牧場』で未来酒を呑みました。

守破離を「先天的?」に備えている彼は、決断のスピードが抜群です。
(母上の教育がすり込まれているとも思われます)

  

 よく「やらされている」とモンクを言う人がいますが、
人は「やらされている」だなんだ言っても、実は「やる」決断をしているのです。

  だから「やっている」ので・・・

  だらだらと、嫌々ながらやっている自分がいるとしたら


 『今』の行動はすべて自分自身の決心・決断によるものなのだと認識すべきです。


 判断に窮したり、迷うのは、みーんなそうかもしれません

 しかし決断しないことには前進しません

 トレードオフは付き物なのですから。

 
 物事を 『断じて』・決断するスピードが速い人には

 ‘強さ’や‘自信’‘経験’を感じ魅了されます。


 人生での場数と練度のタマモノでしょうか。
author:r-hasegawa, category:-, 11:18
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My favorite singer

  Lara Fabian が私のお気に入りです。

 
 ジムでトレーニング中も家や車で聞くのもLaraがほとんどです!

素晴らしい歌唱力はもちろんですが、Laraの魅力はそのパフオーマンスにあります。


 コンサートの会場会場で違った‘顔’を見せ

その会場(国)の雰囲気と`徐々'に一体化していきます。


 ヨーロッパ会場の雰囲気も独特で、見る側は引き込まれてしまいます。


 唄声を聞けば、魂が震え出します。


 Laraはベルギー人ですが、最初に母の母国語であるイタリア語を習得

 その後は「フランス語」の歌が主です。(最近は英語も増えてきています)


 そうです・・・聞き始めた当初はその歌詞は不明なのですが

その情感あふれる歌い方と会場のリアクション両方のパフオーマンスに

言葉など解からずとも心が奪われたのです!


 彼女を知れば知るほど好きになります。

 シンガーソングライターである彼女の曲にはメッセージが詰まっていて

それらが、ヨーロッパの人々の心を掴むのでしょう。

 
 マルチリンガルの国に生まれ、仏・独・伊・英語といった

様々な言葉で歌う姿はそのたびに別人かと疑うほどに雰囲気が違います。


 訪れたカナダのケベックを気に入り居を構えます。

オランダ語圏のベルギー人の父とイタリア人(シチリア)の母にも関わらず

Laraはフランス語で歌うことが多いのは、好きな文化だからでしょうか?


 フランス語のあの少し詰まった様な発音が彼女の歌を引き立てるようでもあり

何とも言えない波動を見る側に伝えます。


 フランスでは200万枚を超える大ヒットとなった『La difference』は

違いを意味し、人種差別や同性愛をテーマとしています。


 Laraはアルバム「ワンダフルライフ」にメッセージを書いています。


『人は誰もとても複雑な存在だと思う。
でも、その一方で、同じことに夢中になり、誰もが人生の中で同じものを求めている。
それがワンダフル・ライフ。
素晴らしい人生を誰もが同じように求めている。
ただ、それぞれ異なるのがその求め方であり、求める過程なのだと思う。』

 

 EUの首都はブリュッセルであり、ベルギー生まれのLaraは

その強烈な文化多元主義の意識を、生まれた環境から体得したのでしょう

 
 EUは各国家主権を調和させるのに苦労しています。

 ベルギーでは言語闘争、

 ドイツではグローバル経済と徹底した市民主権主義の葛藤

 フランスでも核兵器への依存心と平和主義の葛藤 etc

 
 これらを解決する為に組織されたのがEUだったのですが・・・


 ブリュッセルに首都を置いた訳も


 「歴史から学ぶ」を象徴としたかったからなのに

 人間は無駄に歴史的時間を過ごしてきた存在ではないのだということ・・・、

 地政的・自然地理的・気象的なハンディは

 “本物の国力や国民の幸福度”とは無関係であること・・・


 ヨーロッパの豊富な歴史経験と文化の積み上げから学んだ

経験ある人々の『寛容』さが、新たな民主主義を誕生させてくれるのを期待したいと

Laraは歌っています。

 

 Laraはカトリーヌ・ドヌーブに似てきた!

と言う人もいます。只の美しいだけの女性ではありません。


 是非一度聞いてみて下さい。

 You Tubeって素晴らしいですね!



 

author:r-hasegawa, category:-, 16:19
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反骨心
  「あいつは明らかに世の中を憎んでいた。
 社会的な理不尽や不平等に対する強い怒り。
 既存の勢力に対する激しい憤り、憎しみ。
 ものすごく大きなエネルギーを感じた」


 毎日新聞に掲載された 橋下 徹・大阪市長の印象を語った
現兵庫県明石市長の言葉だ。
 二人は第49期司法修習生の同期。

 苦学して大学を卒業した者同士ではあったが、
橋下氏の‘生き抜く’ためのエピソードにはしばしば驚かされたという・・・

  

 要するにダーテイーな面があるということなのだが、


 人の話を聞いていて、特にお金に関してだが
そこまでするのか?と一瞬引いてしまった経験は誰もがお持ちだろう!?


 そして聞いた側は一瞬相手の‘育ち’を想像し、
それを知る者は、結論さえ断定してしまう。


 自分の生い立ちは「自分」では変えられないにも関わらず
他人の過去を参照し、個人を語る者と


 それを宿命とし、 そういった外野の雑音・戯言を平然と受け止め乗り越え
新しい社会を創りあげようとしている人間。

 対比する対象にさえなりえない。

 未来を見つめ、今や自分が思い描いた世界をも射程にいれている?

 批評ばかりしている人間と
橋下氏とは、エネルギーの大きさも方向も
使い方さえ異なると言わざる負えない。



 大阪都構想が実現したら、明石市を‘飛び地’として
大阪都に参加し兵庫県を抜けると話す泉 房穂市長は


 「橋下の大きなエネルギーは確かに危なっかしい。
 だが、閉塞感に覆われた今の時代には必要な存在かもしれない」

 
 と語り、橋下氏との連携に積極的なスタンスであることを隠さない。

  
 
 橋下氏が『敵を見つけた時』に放つエネルギーはすざまじいい

 テレビの画面での氏の言動に、視聴者さえタジログほどだ。


 独立は1年目。顧客は自ら探し‘先輩’には頼らなかった

 消費者金融業界への社会的な非難が高まっていた時代
消費者金融の大手グループ会社の顧問も務めたことがある。


 人からの非難を気にするタイプの人間では昔からない。

 人権派であるとか‘右’だ‘左’といった枠組みにはとらわれず


 直感で勝負しているかのようだが、私には「基準線」があると感じられます。


 持前のフレキシブルさと瞬発力で、その線をうかがい知る事は簡単ではありません。
そしてたまに暴投はするけど、結果的には落としどころは外さないと周囲は言います。


 ギリギリの戦いを繰り広げてきた「勝負師」

 かつ愛嬌のある笑顔

  
 
 橋下氏や矢沢えーちゃんが持っている社会への『反骨心』
 既存の勢力や考えに立ち向かう人間の放つエネルギーに
私は強い魅力を感じます。

 

 信じた事を貫き、大いに戦え

 それは自分を信じる証しになる!

 他人の批評など、‘される側’はどうすることもできない

 だから「ほっとけばいいのだ!」
 
author:r-hasegawa, category:-, 09:30
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価値
 昨日(4月12日)が自分の誕生日でした。

 木曜日が休日なのも手伝い、足をのばし六本木のミッドタウンに行って来ました。

  

 仕事に忙殺されている私を気遣い

妻が「檜町公園に桜を見に行こう」と誘ってくれたのです。

   
 六本木に行ったのは片手で数えられる程で

右も左もわからない「おのぼりさん」状態でしたが、


 周囲をぐるっと散策

やはり外国人が多いですね!陽気も良かったので

大勢の人が‘すでに半袖’の初夏の装いです。


 普段全く「光合成」をしない私も降り注ぐ太陽に誘われ

1時間は日向ぼっこを楽しみました。



 思い思いに時を過ごす人達を見ながら

「何もしない」豊かな時間を満喫しました。

  

 『只 桜を眺めるだけの時をすごし、充足感に満たされる』


 癒しの時と言って片付ける‘ベキ’なのだが、

日曜日も働く自分の生活は

何かかけがえのないものを犠牲にして成立しているのかもしれない・・・

と心がコンフリクトしはじめました。


 漫然と過ごした休日の夕方は


  「こんな休みで良いの?」「何かさみしいなー」


 決まってこんな感覚が、予定が無かった休日には襲って来るのです。

 

 俺はがんばらなくちゃいけない

 誰にも負けない努力をするんだ


 年下の代診よりも多い勤務日・時間は率先垂範だと自分に言い聞かせます。



自分の「基底」には抑圧された部分がうごめいているのかも知れません。



 心の動きを『少し』観察出来るようになり

 『答え』が見つかりつつあります・・・


 整理した「課題の回答」はいつか明文化します。


 今分かっていることは、読みたい本や聞きたい音楽を一日・半日

読み続けたり、聞き続け「外出」せず過ごした時には


 上記のような感覚には囚われないことです。


 要は【外に求める】ものでは飽き足りず・不満足であり

 【内が求める】ものでなければ私の「基底」は同調しないのでしょう。


 そしてこれは「癒し」とは違う、自分の霊的・精神的成長への欲求を満たした

【自分だけの満足】【価値】なのだと気付きました。



 休日だからこそ「内がもとめるもの」を潤してあげる

それが出来ないと‘干上がって’しまう・・・結果

 成長したい精神を抑圧してしまい不満が生ずる。


 今も毎月、孫の一人一人にはがきをくれる父が

分院を出すときにてがみをくれた中に道元のうたがありました

春の誕生日を迎えると思いだし、そらんじながら通勤します。


 「春は花 夏ホトトギス 秋は月 冬雪冴えて 涼しかりけり」


 いつかは到達したいものです。
author:r-hasegawa, category:-, 12:06
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今の風潮
 新年度を迎え社会は初々しさに溢れているか?


 新入生・新人を迎えるにあったって

学校や職場は希望に満ち、人々は「ワクワク」しているか?

    



 日本の成長は止まりつつあり、それを受け入れろと言う評論家



 それを言論の自由の名のもとに吹聴するのは

現代の情報過多の社会にあっては悪影響なのではないだろうか・・・

       

 「常に、 策は在るはず」

 「努力をすれば、必ずや希望は見え更に成長する」



 そう認識する世情にすることが、筆を執る者の責務ではないのか?



 リーダーはその職責と地位に於いて

 組織が苦境に立たされた時、

 自分自身が不安を感じている時に

 周囲を鼓舞(インスパイア)し自信を与え、新たな目標を持たせることが役割だ。

   


 「それぞれの認識」は環境・文化によって左右され、

 普遍的な「モノ」の存在をも消し去ってしまう。



 仕事への向き合い方(認識)のベクトルをそろえる事を

いかに出来るか!の問題は至上命題であり、統制の主眼です。

     

   
   

 人の‘感じ方’の差は文化の違いを痛感し

大きな壁となって、ベクトルをそろえようとする心を封じ込めていしまう。




 『己の事はさて置き』



 職責をまっとうする覚悟が求められる。


 個人が、どう社会と対峙するかは、自分で決めなければいけない


 しかし、自分を含めた全員に言いたい



     勇気を持って  『すべての山に登れ!』

  
 
author:r-hasegawa, category:-, 13:08
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木鶏クラブ
  4月4日 今月から院内木鶏クラブを始めました。



 致知出版社からわざわざ花坂セミナー部長が来てくれて

院内木鶏勉強会の第一回目を開催することが出来ました。

  

 私の10年来の愛読書である「月刊致知」の読後感想文をグループに分かれ

リーダーを中心に各自が発表しそれについて他の全員が意見を言います。

 持ち時間は約2分の順番制です


 
 テンポよく進む流れに当初の不安は一掃され

同時にスタッフ全員の立派な発表に恥ずかしながら目頭が熱くなりました。

 

 日々様々な患者さんと接する我々は

来院する患者さんの痛みや困りごとの他に

その方の人間性を受け止めなければなりません。


 患者さんの全部を受け止める!


   その時


スタッフ全員のハートがどっちをむいているか?


 全員の心のベクトルを合わせる事が

大塚歯科クリニックの「文化」をつくることなのだと痛感しています。



   心の文化を‘力’で動かすことは不可能です。



   心を動かせるのは心でしかないのです。



 それが出来なければ、

 組織(集団)の「真の」ベクトルをそろえる事は叶いません。

  

  私の決心はその心の教材を「致知」にしようと決め

スタッフ全員に致知を配り、毎月木鶏クラブを開催することで

皆の心のベクトルを揃えることでした。



 内心この日を迎えるのが恐ろしくもありましたが


 それは全くもって不要な恐れ・心配でした。



 私のスタッフの‘感度’はすばらしく、

花坂部長の前での私は誇らしくもありました。


 「良い会になりそうですね。半年後位にまた寄りたいです」


と2人になった時におっしゃってくれました。

 

 あの子がこんな風に考え・感じていたんだ・・・

と良い意味での驚きの連続は、強く仲間を意識させてくれました。


心の奥底に流れている「なにか」を共有できることは

相互の信頼と仕事の充実・安定に繋がります。


 接遇だ何だと色々な勉強会を実施してきましたが


 これぞ私のやらなくてはいけない「スタッフ勉強会」でした。


 私の自慢はキレイなクリニックの内装でも最新の設備でもなく

 共に働いてくれているスタッフです。


  ありがとう





author:r-hasegawa, category:-, 14:50
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それを買った訳

 私が「この機械」を買うと決意するに至った理由は


 業態の流れに多くの‘人’が介入するため生じるエラーから

解放されたいとの考えからです。


   
 今回 セレックというCAD/CAM(要は機械の技工士)を買ったのは

アウトソーシングしている技工所に、あまりにヒドイ技工物を製作された為です。


 その仕事を責める事も出来ますが・・・

そういった行為は、自分の価値を上げることには全然なりません。


 発注者に「こんなんじゃだめだろ!もっとちゃんとやれよ」

と言えば

 「はい。分かりました スイマセン」

と答えるでしょう。


  時間の無駄です。


 こんな発展性のない仕事の流れの中に20数年浸かり続け

それが‘当たり前’になっていますが



 本当にそれで良いのか? この繰り返しで‘溝’はうまるのか?



 そう考えた時に

やっぱり、人に頼らず出来るのなら、


 「自己完結」出来るならそうしたい。



 そう考えたのです。



 今回はジルコニアと言って‘ワレナイ白い歯’がうたい文句の

最新の製品で起きたことです。


 このジルコニアは今後の歯科界を大きく成長(信用も含め)させる製品だと

私は考えます。

 技工所自体も売り込みに力を入れています。


 そういった製品に対してのスタンスと既存のモノとのスタンスは

変えなければいけないと思うのです。



 業界全体が大切に‘育てる’気持ちを共有すべきだと・・・




 「奥歯と今回入れたジルコニアの間にモノが挟まるのです」

と患者さんが言われ、少しセラミックを盛る事で改善は可能ですが


 それは小手先の補修に過ぎません。


  


 「オールジルコニア」こそがワレナイ歯なので、

あとから盛ったセラミックはワレルてしまう可能性が高いのです。



  「再製してもらわなくてはいけません。」とお伝えしました



 技工士さんにとっては「無料の仕事」でしょう!

 しかし私達にしても無料の仕事であり、今後の信用を左右する対応です。



 業界の成長を背負った責任ある仕事(製品)のハズなのですが・・・



 再製してきたものは、非常にブザマであきらかに手を抜いた

乱雑な作成物(技工物)でした。




 昔の歯科医院では

その多くが、先生が自分で作っていたり

技工士さんが常駐していました。



 それが時代とともにこの様な業態となり


 構造的不況業種といわれ、

 些末な価格競争に歯科医院も技工所もさらされています。

  

 私はセレックを導入すると同時に技工士さんも雇用し

セレックで作れる技工物の限界までを院内でつくる計画です。


 昔のシステムには現在でも見習うべき「良い所」が沢山あります。


 温故知新


 新しい業務体系で来年度からスタートを切ります。

様々な困難があるとは想定します。


 しかし決めたことです。


 「計り事いよいよ難く、志しいよいよ固し」 です。

 

author:r-hasegawa, category:-, 15:27
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