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龍馬記念館は、
龍馬の人柄を紹介すべく努力している模様だ。

本人の手紙をはじめ、
龍馬と交流のあった人物が、
龍馬評をしたためた手紙を多数展示している。






龍馬といえば、
型にはまらず、自由奔放に書いているかと思うと〜

細かいところに非常に気が回る人物だったようです。




「龍馬は土佐随一の英雄、謂わば大西郷の抜け目なき男なり」(大久保利通 評)




礼儀正しく、
年下だろうが、
敬称は基本的に『様』を使い、
どれ程親しくとも『殿』を使わなかった。



『殿』は格下に使うものであることを意識していたという!



しかし、冗談の通じる相手には
『〜大将軍』や『〜閣下』、『〜老台』
などと遊んだりもしています。




龍馬の文字は左に流れ、
紙面の大きさに対し、書き残しそうになってくると小さくなり、
紙面が余りそうだと、大きく
その文字は変化しています。

臨機応変な性格を表していると
説明文が書いてありましたが〜

思いの丈を綴ることを
おろそかにはしなかったサマは、
良く伝わってきました。


「これ以上伝える事はない」

としながら、
その続きを延々としたためているのは、
考えが及ぶ先が、
次から次へと広がるためかと想像します。



湧き上がってくる感情もアイデアも、
とにかく文字にする!!!

決して上手い字ではないけれど
何かをしたためる事は、
その行為以上に脳は思考していますから、
頭の回転が速い人、
話しの上手な人だったことでしょう!!








時折見せる違った顔からも、
龍馬の人柄を簡単には言い表せませんが・・





大政奉還や船中八策を思案した頭脳・力量は、恐るべきもので
計り知れない能力を持った人物です。



土佐藩による大政奉還は、
龍馬の話しを聞いた後藤象二郎が
感銘を受けて主導したもの!!



剣術は免許皆伝。
船の操縦技術も習得し
海運業も興した龍馬は、
その過程で、
多勢の人に出会い、学んだことだろうが〜


通常、
実社会や研究の世界では、
訓練や経験したからといって
そうやすやすと
【答え】
にはたどり着けない・・・



龍馬の「考える力」というのは、
どの様にして鍛えられたのだろう?




想像的な問いを自ら見いだし
それを類型化したり要素化して
いくつかの段階に分解し、
それらをできるところから個別に解決していく。。。


「考える力」は、
こうした作業を意識的に積み重ねなければ醸成されないものだ・・・




あの薩長でさえ、
大政奉還に当初合意したのは、

どうせ幕府は了承しないだろうから〜
これを口実に、戦を仕掛けよう!



その程度の認識だった。




幕府、薩長の両陣営に知己を持つ龍馬には、
そんな裏のお家の事情も透視出来ていたのかもしれません!!!

それに加え
海外の情勢も思慮して
日本の国力を削ぐ様な
内戦は回避すべきだと!!!


薩長を手玉にとる結果
になった歴史的偉業
大政奉還の絵を描いた!!!

先見の明を持った大政治家
へと成長していたのです。






能力もさることながら、
文字通り寝食を惜しんで
問題の解決に奔走するバイタリティーたるや、
凄まじいものがあります。


移動だけでも
現代とは比較にならない時間を要し、
通信手段たるや
スピード感からすれば、
無きに等しい・・・



あの時代の傑物達は、
自分の頭と行動で解決した時に得られる満足感をひとたび経験すると、
猛烈に
次の問題へと立ち向かう勇気とエネルギーが生まれたのでしょう。
*\(^o^)/*




強い好奇心は、脳を活性化させ
興奮と深い満足感を与えます。
(^○^)


自分が選んだ課題に諦めずに取り組み続けているときに、
小さくとも、
その解決に向けた糸口を見つけた時の爽快感!!


誰もが経験した事のあるであろう
そんな感覚が、
龍馬の生きた時代に
溢れていたのではないだろうか?


スポーツ選手でいうところの
ZONE
なのか?


勝手な解釈に終始するが・・・







俺は、
幕末の志士と言う言葉が好きです。

そして、志士と、明治維新を知ることなく
命を落としたものたちを
同義と捉えてしまいがちである。 (≧∇≦)




維新の会の候補者が、
安易に志士と言うのを見聞きすると
逆に、投票意欲が冷めてしったりするのは〜俺だけですか?
(*^o^*)







話しが横道に逸れ過ぎたが、

近江屋事件の展示は、
ご覧の通りの気合いの入ったものです。






龍馬暗殺のミステリーは、
その後の国泰に影響することが明らかだからこそ、
明かされていないのだと俺は考えている。


日本史専攻の長女には
あり得ない
と軽く一蹴されたが〜


俺の自説は、
中岡慎太郎の裏切り、
そして、口封じでの殺害である!?







注釈は避けるが、

近江屋事件の真実は、
永久に明かされることがないだろうから〜
諸説入り乱れ
歴史好きを楽しませることでしょう (*^_^*)










昼メシは、
はりまや橋近くの
古くからある料亭のランチを計画していたのですが〜


エサをねだる我が家の土佐犬が
待つことを知らず、
桂浜パーキングの観光土産物屋の上にあった食堂へ〜



コメントは、労力の無駄と言うことで
お察しください。









ようやく、
ナビを岩崎弥太郎の生家へと
合わせました。


無料開放と「るるぶ」には書いてありましたので、

ただ生家があるだけか?!
と思っておりました〜


パッと見て宿に向かうつもりでしたが・・・




つづく
















今年の正月休みは、高知に行って来ました。

休みの前半こそは、
正月を迎える準備と
レポート等の追い込みに躍起になっていましたが〜



まあまあ (≧∇≦)の成果??
を得たトコロで〜
何とか正月2日の出発の朝を迎えました。





南国土佐
って言いませんでした??

高知は、
さぞ暖かいかと思いきや?!

高知龍馬空港の気温は、
マイナス2度 !!?




1日目における
俺チョイスの最終目的地だった
岩崎弥太郎の生家では、
(実際の所、食べ物屋以外のほとんどが
俺の選択なのだが・・・)


小雪が吹き付けるなかでの見学となったが〜


ドラマチックな逸話に
家族一同
寒さにあらずもがな
鳥肌が立つ程の、
あの感動は、
忘れる事が出来ないでしょう!!!



忘れてはいかんぜよ〜
我が娘達よ!!
(苦笑)




君達が、口にした目標を
忘れたとは言わせないからね〜
(*^_^*)








龍馬空港からは、
レンタカーでの移動である。



日本レンタカーが用意していた
マツダのデミオは、
ナゼか?
香川ナンバー ・・・

随分と古いレンタカーであるが、
ナビがあり、音楽が聞ければ充分だ。



旅先では、
レンタカーを借りる事が多いが、

行き先を聞かれ
道路状況や天候を教えてくれたり、
旅行雑誌を貸してくれたり

こんな接客の経験は初めてである。

とても親切だ。



会話をしているうちに、
いつの間にか
俺の言葉が土佐弁に同調率している (^O^)



ウウ〜ん
いい感じで、【なり切り】始めた様だ。





俺以外の家族といえば、
理解に苦しむ程に・・・
地図が読めない。
(・_・;

時間と距離は、念頭に無くて
只々、目にするものだけを
単品で処理してしまうらしい・・・


これを読んでいないことを祈るが・・・
(≧∇≦)





まあ
それはさておき、



旅の起点といえば、一般的には空港ということだろうが、


俺の場合は、
自分をその時代に投影してしまうから…

まア〜
それ自体が、旅の目的でもあるのだが・・・


タイムラインを過去に設定し、
龍馬が生きた時代に自分を置くことを

イメージしながらの旅なので〜
基点は、
高知城になっている(様)のだ・・・





当時も今も、
生活している周囲の環境には、
避けようのない影響を受けるし、

現代との交通手段の違いから言うなら、
目にするものや交友関係の差は、
生まれ育った場所により
現代以上に大きかった事だろう。




高知は、
ご案内の様に、横に長い県です。

車でも、
高知城から、宿を取った室戸岬までは
2時間半!!


高速道路の無い下道でーす。




郷士の家に生まれた龍馬の行動範囲は、
どの位だったのだろう?
剣術道場の稽古に通う方向や、
乙女ネーサンの嫁ぎ先・・・



武市半平太の生まれた家
はどのあたりか?



山内家の武家屋敷跡がここにあるから〜
ウーん
良い家は、現代も良い場所みたいだ (≧∇≦)



岩崎弥太郎の生家は
高知城下とは言えない。
現在の安芸市だ。

車でも一時間はかかるぞ!




中岡慎太郎の生家
のある北川村は〜
地図では街が無い!
市町村合併のしようがない孤立集落だ。
山岳地帯に伸びる一筋の道だけが
文明への入り口なのか?

徒歩で移動する険しさは
想像するに容易い。




地図上の史跡がプロットしてある地点から
高知城下への道の情景を想像してみる。




高知市内の宿であるホテルの近くを流れる川・・・
龍馬は、この鏡川でよく泳いだと聞くが、


ではナゼ?
桂浜が、
これ程歴史に登場するのか?


泳ぎに行っただけでは無さそうだ。





高知城下から、
桂浜への道すがら
長宗我部の若宮天満宮を通る。

当時の郷士をはじめ、
地元の男達〜
帯刀を許されたものたちは、


代々、受け継がれた
風習と
どの様に対峙、決別し
山内家の臣下になっていったのだろう・・・?



政治は、本来の姿を今も昔も
表すことが無い。









この距離(10キロ以上)を歩き、
桂浜で、大海原を仰ぎ見る事は、
彼らにとって、
どんな意味があったのだろう?






『竜馬がゆく』
を再読すれば、また違った事を読み取れるだろう。










高知に隣接する場所(市町村)から
高知城下(市内)を目指す
海岸沿いの道は、

現代のお遍路として有名だが、
市内から遠ざかるほどに寂しい道路である。

強い海風を耐えねばならないためか?
冬にお遍路をしている姿を目にする事は、滅多に無かった。


現代の旅装束をもってしても、
お遍路は厳しいものだろう。




山並みを
常に
横目に見ながら1本の道を歩くのみで、

その山々は、
想像以上に間近だ。



身を隠す場所さえ無かった事だろう・・・






そして、
豊かな水を湛えた川は、
我々、観光客の目を楽しませるが〜
どれだけ
当時の人間の往くてを阻んだことだろう・・・










桂浜を
目にした瞬間

夢中になって幕末モノを読んだ
小学生の高学年の頃から中学生時代
を思い出した。



ここに立ち、
この旅をしていたら〜
人生変わっていただろうと!?



しかし、
それが今となってしまった事・・・













龍馬は、御存知
裕福な郷士の出だ。


岩崎弥太郎は、
龍馬伝の影響が強く
(父は呑んだくれで、貧困に喘ぐ下級武士の家)
と思われているけど、

其の実
江戸に遊学に行かせる際に
両親は、
田畑や山を売って、
岩崎弥太郎を江戸に送り出したほどの家柄だった。



中岡慎太郎の生家も、
有名な大庄屋だった。






確かに彼らは、恵まれた環境に育った
選ばれし人間だったかもしれないが、


それだけで、
あの様な事を成し得たのだろうか?



環境が第一要件では無いと思う。


彼らは、
強烈な欲求を意思として、
家族に訴えたに違いないんだ!!!



強い意思が無かったら
あの距離の旅の連続は耐えきれない。




中岡慎太郎の『向学の道』
などは、
初めの5分でギブアップ!?
(苦笑)


あの急勾配の坂道を登って、降りて〜
を毎日なんて!!

人に言われて続けられるものじゃないよ。



確かに
経済力という下部構造を備えていただろうが、


行為自体は、

自分の人生を自分で決め
持続し続けたから出来た!!
に相違ない。






『どうしても、何があっても、
こうしたい! こう生きて行きたい!』



『この道のどこかで倒れても、俺の人生だ!!』





現代だって

反対する親を説き伏せ、
お金を出させる。
ぐらいの熱意があるか無いかは〜



本人次第
って事だ。







現代なら

お年玉やらアルバイト〜
手段はいくらでもあるし、
親にせがんだっていいだろう・・・





先ずは、
自分の意思を口にする
事だ。



それでしか
始まらない。







【目にしたい】


と心が叫ぶモノを
一目見るくらいなら
この豊かな日本では、
何とかなるに違いないのだから〜









旅の綴りは長くなる・・・
すみません。。。





理由は、
実現への欲求が強いからであり、
求める真理が、
先人達の精神性に答えがあるからだ。






強い精神力を身につける
事が人生の目標であり、
精進・修行
はたまた
生業・仕事の目的・結果となるのだ。










桂浜と坂本龍馬記念館だけで、
1日を有しますよ *\(^o^)/*

俺はねっ
(^∇^)



デモ
人が多いので〜
じっくり読む事が叶わずに

半日程度が、限界なのでしょうか?
素晴らしい記念館でした。




そして、
あの大パノラマは一見の価値があると思います。










海の道


も見ることができました。 (*^_^*)






真ん中のさざ波を評して“ 海の道”







歴史小僧の夢は、
40年の時を経て、実を結びました。
*\(^o^)/*










感無量です。
そして、
51歳となる今年であろうとも、
この地に立てたことで、
人生を
運命を
変えていこうと思います。










ガイドブック等の関連本を、
熟視・熟思する俺を見て、

「ブログを30回分はかけるね!」

と家族がからかいます。










そういえば、
まだ、空港を出て
第一目的地の桂浜と坂本龍馬記念館に
着いたばかりの積りです・・・


(≧∇≦)



しばし?
お付き合いを・・・













人生において、
たっすいがはいかんぜよ〜





今年もお世話になりました。

俺の気分の変化に


こいつは!
何なんだ〜

コロコロ
変わりやがって



憤りを覚えた方も多いことでしょうが・・・
平にご容赦下さい。 (^O^)



来年も続くモノは、
永ちゃんを追いかけることをはじめ、色々ありますが (≧∇≦)

今年の記憶のひとつに
大河ドラマの黒田官兵衛をあげたいと思います。


歴史ドラマの主人公には、
いつもの巨星が座り
黒田官兵衛は、
いつも脇役でしたが〜


官兵衛に焦点を当ててみると、
新たな発見、視点と
それらの描写に引き込まれました。

官兵衛は、
自分の役目を分かっていました〜



ただの
忠実なる参謀であるだけでなく


自分を認識し
どうこの乱世を生き抜くのか

素晴らしいバランス感覚で、
かつ
自分の心に素直に判断していったのです。




現代にも通じる人生の指南を受けました。










幽閉されてからの官兵衛は、
周囲が感嘆するぐらいに
人の世を見据え
人心をあやつります・・・



牢獄から唯一見えた
藤の花を家紋として、
再出発した官兵衛は、


天下分け目の決戦にさいしては、
豊臣方にも徳川方にも付かず
「俺は俺の路を行く」
ことを宣言します。



余りに大きな歴史に押し出され
その他大勢は忘却の彼方へと〜

まるでなかった事の様に
歴史は時を刻んで行きます。



しかし、
世間には、人知れぬ歴史が存在し
色なすほどに
様々な人間が生き抜いているのです。


大河ドラマは、
過去の歴史上の偉人も、
現代に生きる我々と
少しも違わぬように
「今」を生きているように共感させました。




黒田官兵衛
面白かったなー




来年からは、
吉田松陰の妹を主人公に
幕末から明治を描いてくれることの様で!!!

今から
ワクワクしています。





真理に迫るために…
さらなる成長・発展を遂げるために…
直面する問題を解決して社会に貢献するために…


などなど、

人はこれまで様々な目的を達成するために
新たなチャレンジをしてきました。


目的の大小、チャレンジの難易度の違いはもちろんあるかもしれません。

ただ、そのチャレンジの積み重ねが「今」につながり、
そして「未来」につながっていくのは間違いないことです。



その過程でうまくいかないこともあるかもしれません。
壁にぶつかって挫折しかけることもあるでしょう・・・




ただ、困難だからこそ、
取るべきリスクを積極的に取って
チャレンジし続けたその先に、
初めてたどり着ける新たな境地、可能性や発見があります。







自分たちの目的を実現するための学びも、
同じではないでしょうか。



チャレンジの中で大変な思いをすることもあるかもしれませんが〜


その積み重ねが、
これからの自分自身を作り上げていくことになるでしょう。






仕事を離れ、
愛犬クーの散歩を率先していくたびに
感じる・・・
湧き上がる思いがあります。




「俺は俺なりに、自分らしく判断し
生きればいいのだ」






来年も、
色々な出来事に揺らされることだろう・・・





でもね、
今の俺はこう思うのです。








揺れても良いよ、
いつの日か
重心を取り戻すんだ〜
とね
*\(^o^)/*








禅では、
そんな苦難にも似た状況でさえ
次のように喝破してしまいます。









風流ならざるところも
また
風流なり







良いお年をお迎えください。









絶対にそうしないと決めたことを
周囲の影響で、
逆の決断を下したり、

自分の主義主張を押し込め
横並びの決断に迎合してしまったり、


恩義を感じての
思想、意見の変容は
自己の信義に違反する行為であり
その決断に苛まれなければならないのか?



忘年会で賑わう神楽坂で
高校の時の同級生2人と再会したことで、

そんな大人の事情に向き合う機会を得た。



俺の様な職業・立場では、
味わう事の出来ない(けして良いことではない)
今の社会で生活をしていく上において、
大切な問題だと思った。




1,過去ではなく未来を選ぶ
2,問題ではなく機会に焦点を合わせる
3,横並びではなく独自性を持つ
4,無難で容易なものではなく、変革をもたらすものを選ぶ



これは、
以前もご紹介した。
俺が尊敬する牛尾治朗氏が提唱する
指針です。



一方で、

俺の様な根なし草は、
仏教の言うところの
無常観や諸行無常
といった・・・

目の前にある『現在』を第一に考えてしまったりするのです。





今回、KとTに会ったのは、
何せ三年ぶり〜

当初の話題は、
当然ながら、
俺の病気の事だったけど・・・



まアー来た!

ってだけで、説明はいらないでしょう?

^o^







華やかだった〜
我々バブル世代も、
50歳となり
現況は悲喜こもごもである・・・




最新の情報らしいが、
H君の海外転勤が決まったなんて話も〜

ところが
片道切符らしい??

事情通のKが言う。




ヤケに詳しい〜

子供をつくらない
と独身の頃から宣言していたKは、
本当に
今も奥さんと2人暮しである。


家庭を構成する要素が、
奥さんだけなので、
仕事とプライベートに充実した日々を
送っているらしい。


故に?
友人との連絡も密なのか?

Kに聞けば、
様々な友人の近況を聞くことができる〜
そんな存在なのである。





飲んでる最中
そんな、
H君の壮行会をやろう
って話しになり、


酔っ払った勢いで
電話をしてみたら〜〜〜



元日に移動だとの事!!


企業戦士
恐るべしだ。



?? この時点で、自己のワガママさに呆れ
恵まれている事の恥ずかしさにも似
た感情に襲われた。





時間があれば・・・
という返事だったけど、
今日になっても連絡は無い〜


俺だったら
何時でも暇だから〜
(u_u)
何曜日の何時だろうと
Hの指定する場所に行けるよ!!!

久しぶりに会いたかったけど・・・
日本での壮行会は無理みたい・・・




行き先は台湾だそうだ〜
近い近い。


そんじゃー
俺達が、そっちに遊びに行くからね〜





?? Hから語られることの無い心境の深さ
を窺い知ることは出来ないけど、
人生にもみくちゃになりながらも、
家族のため、自分の下した決断に
粛々として生きているHが、とても
大きな存在に俺には思えた。


電気業界に身を置くHは、会社の業績が厳しいらしい〜

俺以外の2人は、
その事を
辛そうに話すが、
俺の感覚とは明らかに違ってた!!!

虎穴に入らずんば虎子を得ず

だと思うから〜
どんな状況であっても、希望を失わず
前を向いて仕事と人生に取り組めば、
必ず
良い結果が出ることを信じて疑わない。

変人の俺だからか?
変化は
モチベーションを上げるんだ。


勝手ながら、
Hの話を聞いて、
ワクワクしたよ!!!



片道切符?!
上等じゃねーか!
Hっ
お前の実力を見せつけてやれよ!!!







記憶に残った
もう一つの会話は〜



今回の選挙でのTの決断の話だった、

Tは、
今回の投票に際して、
過去の自分では考えたことを無い!
マッタク違った選択、決断をしたそうだ〜



どちらかというと
穏やかで、
聞き役でいることの多いTが、
ボソボソッと
話し始めた話しは、

俺が経験した事のない・・・
会社へのロイヤリティーに溢れた内容であった・・・


胸にズーーんと来た!




Tは大学卒業以来
印刷関係の企業に勤務している。
転職する人間の方が多いから、
珍しい存在でもある。


今年は、会社の業績が厳しかったのだそうだ〜
そこに急遽決まった衆議院選!!

【ある政党】からの
まとまった仕事は、
会社の窮地を救ったのだという。。。





会社から、
圧力をかけられたわけじゃないけど・・・
初めてだった・・・

自分の信条と違う投票をしたのは・・・



投票所のボックスに入ったら、
その政党名を書かずにはいられない!

突き上げる感覚



50年の歳月を経て、
自分の心の中にあった主義主張が
何かに取って代わられた〜
一瞬の出来事だった。




そう言ったっきり、
下をうつむいてしまった・・・






主張を曲げずに!
ブレない!
心まで売り渡すのか?



Tは、
目の前にある『現在』を大事にした。




一瞬の心の動きに
脆くも、身体ごと持って行かれた。

前回のブログでも、
自分をコントロールする術の話をしたばかりだったが・・・


現在、現実の世界に生きる人間の
一瞬の心の動きや決断は、
こうして
考え、練りに練った結果を
ただ綴っている様な
装うことの可能なモノではない。


言を重ねるが、
決断自体が、その時の自分であって
成功だろうと
失敗だろうと
オノレを成長させていく肥やしなのだ。




Tは、俺なんかより大人だった。




Tの会社も、
この事実を知ったら誇らしいだろう!


どんだけ会社を思って仕事をしているのか?!






いつの間にか、
大人の飲み会になった!!!




Tの会社は勢いを取り戻し
中東のある国と日本の国交正常化の
記念行事のプロモーションの仕事も舞い込み、
中東から帰国したばかりだと
写真を見せてもらった!!



そうせずにはいられない!

下した決断を
誰が非難できようか?


立派だよ!!!





なんか?
懐かしい時代の会社員なのかもしれないが、
高度成長期を築いた先輩方と言えば、
人生は仕事そのもので、

Tのような決断が繰り返されたことで、
社会は形成されていたのではないだろうか?


一枚岩で、ベクトルの揃った社会が、
強い成長力を生んだ気がする〜




Tの会社の株でも買おうかな〜
(^O^)








Tの後輩は、
永ちゃんのプロモーションを担当しているらしい!!!
Tも武道館で裏方やってたそうだ。
(≧∇≦)

「永ちゃんは、MCが上手いね〜」



やっぱ、
みんな、そう思うんだね。







決断に迷ったり、
下した決断に苛まれていたり・・・

そして、
もし人生に退屈しているなら、
何か心からやり甲斐があると信じている仕事に没頭することだ。


「この仕事こそ生き甲斐だ、死んでも悔いはない」


という気持ちで働けば、
夢のような幸福な人生が訪れる。



一見たいしたことのない仕事でも、
思い切って全力を注ぐことだ。

仕事を一つ征服するごとに実力が増していく。


小さい仕事を立派に果たせるようになれば、
大きい仕事の方はひとりでに片がつく。




決断も同じこと。
トレーニングであり、積み重ねるべきモノ!!

俺は、そう思う。













ついでに
^_^
俺のことも、
心配していた雰囲気だ・・・



エッ?
俺?


俺だったら大丈夫ですから〜
(^-^)/






年末は、最高のライブ体験と、
栄養満点の話が聞けたんで〜







スーツ姿で出かけるのは
いつ以来だろう?


買ってから5回と袖を通した事のない
スーツは、
5年前に新調したモノだ。


靴も普段履くことのない革靴を・・・
一週間前から磨いたりして (^O^)


気持ちはフワフワし、
落ち着きを失っている。




待ちわびた
夢の世界への扉が開かれる場所に至ることは、



我が身に訪れることのない
夢のまた夢
だと思っていた〜



『当たるはずがないって・・・』



南南西に針路をとり、
目指す先は、




六本木のグランドハイアット東京



初見参だ!








オシャレなパーティーか忘年会にさにあらず〜

完全なプライベート。






俺には、
人様に自慢できることが何一つ無い。


デモ
今年の最後を飾るこのデイナーショウに当選したことは、
俺にとって、
唯一最大に自慢できることだ!



俺、
たったの千人しか味わうことの出来ない!


『2014 Dreamer 矢沢永吉 デイナーショウ』


プラチナチケットに当選したんですー




大声で叫びたいよ!!


12月2日の当選発表以来、
モー
言いたくてしょうがなかったんだけど〜 (^O^)



夢をみているみたいだったし
想像力を減退させたくないから〜
我慢していた
^_−☆


周囲に言わない事は、
事前の情報に疎くなる代わりに
マイナスの情報の流入を防ぐことができます。


そして何より
勝手な想像力を働かせ続ける事が出来るという大きな利点がある。




自分だけの自由自在な ^_^
想像力は〜

永ちゃんとのツーショット写真
まで描いたりして・・・



過去の情報に触れない事で、
ワクワク感は無限大なのだ!












席数は約500席 !!
これだけは、募集の時に分かっている。


当日になっても、俺の妄想は続いた。
その理由は・・・

席番が発表されたのが、
当日の正午

ナント席は 『2卓 7』

だったのだから〜
妄想の拡大を止められる訳がない。





チョット待って〜
嘘でしょー

2卓の位置は〜

前から・・・
後ろから・・・
ハジからだったりして・・・

あってはならない
ネガティヴな想定をしてしまったりして・・・





期待しすぎの甘い予想は止めておこうよ!




会場のエスカレーターに乗ってる時まで、
こんな幸運が待っていたことを
疑い
信じられないでいる〜











二人だった。


?


ホテルのデイナーショウなんだから
連れて行くのは最高の女性・・・


と言いたいところだが〜




しかーし、


当然の事ながら
バディはキーちゃん (≧∇≦)





俺んちでは、
キーちゃんのことを


【彼女と行くの?】

【彼女からメール?】


などという揶揄するというより、
俺をおちょくるごとき暴言が罷り通る次第なのだ〜
(^_-)



妻も娘達も
お呼びじゃない〜


俺のプライベートな最高の時間を過ごす為の
絶対的な存在になっている友を、



家族全員が親愛の気持ちから、
キーちゃんと呼んでいる。
(*^◯^*)









嬉し泣き笑う




そんな
時間を共有出来ない人間とは、
心底楽しむ事は出来やしないなから〜


親族だって
その対象から外れることは明白!?




よそいきの会話や
無駄な気遣いが不要で、
永ちゃんを信奉している相手と言えば、
身近には
彼しか居ないのだ。






ところが、
初参加の永ちゃんのデイナーショウ!

俺たちの席がある
12人掛けのテーブルでは、
不思議な体験が待ち構えていた。



同じ価値観とは、
この事を言うのだろうし、

そうは居ないはずの
価値観共有可能なカップル?
ペアが〜
これ程いるとは?!
女性同士のフアンの多さにも驚かされた!!



永ちゃん恐るべしだよ〜
(*^_^*)







「今日は宜しくお願いしまーす」



と挨拶もソコソコに
永ちゃんを追いかけてきた
自分達のコンサート等々に参加してきた軌跡・・・
経験談の応酬
が繰り広げられたんだ〜
(≧∇≦)


ミンナ
強者ぞろい。

懐かしのコンサートや、
抽選にハズれた時の悔しさを
口ぐちに話した。



男同士やカップル
女性同士も〜
いずれも劣らない
永ちゃんのコアなファンばかりなのだ!




これだけでも
結構楽しい時間だった。





永ちゃんらしく、
最高のホテルで、
最高の酒と料理を用意してくれていたよ〜

高級なシャンパンに白と赤のワインは飲み放題・・・






でもねっ



「飲み過ぎ注意」



の警告を
キーちゃんからもらっちゃったよー
(≧∇≦)




【野毛での失策?】




コントロールを失った俺の暴走の結末は、
自分の心身を痛めつけると同時に、

「止めるべきだった」

と悔やんでくれた友を
再び、
自戒の念に陥れてしまうから〜

またまた
気を遣わせちゃいかんよ〜





好きなワインを押しやって、
水とウーロン茶を飲んでた〜



それで楽しいかって?

モチロンだよ〜
いろいろな楽しみ方があっていいじゃん。




心なんて言う実態は無いと思う。

あるのは忽然として湧き出る
一瞬の働きだけで〜

誰しも自分の心に悩み苦しみ、
渦巻く心に翻弄されたことが
何度もあったはずだ・・・

すべて自己の内から起こる心の様子であり、
この様子を明らかに自覚することができさえすれば・・・

どの様な状態に陥ったとしても対応出来るに違いないからだ。



酒の力を借りて、
負の記憶を消すことは、
心を野放しにして
翻弄されているだけ!



新しい自分へと成長する為に
アンダーコントロールする術を身に付けることが、
容易い事ではないのは分かっている。




今まで生きてくる上で身に付いた
習慣、習俗、癖
はたまた、
信じ込んでいた条理までも
消したり、書き換えたり
しなくてはならないからだ。






デモ今夜は〜
爆発しそうな感激を
抑えきれるだろうか?


永ちゃんから語られた
土曜の夜のデイナーショウでのエピソードによると、

「ヤバかったっ! 身の危険を感じたよ」

そうMCしてた。。。





俺たちの座る2卓は、
ステージの右側
左右別れて三列のテーブルがシンメトリーに、
縦に並んでいるので、


ステージへの視線を遮るテーブルは俺の前には無い!!!

直接距離にして徒歩5、6歩ぐらい。





ソコに、

7時半になったと同時に
右手のステージサイド!!

俺たちの真っ正面から
永ちゃんが飛び出してきた〜〜〜




外タレのステージで
失神するファンの映像を見た事があるけど、




アレ、納得。





心臓が飛び出しそうになった!


だって、
ソコに!!
永ちゃんが居るんだよっ








永ちゃんは、
ホントーに歌がうまいし
動きもキレキレ!!!



虚像なんかじゃない〜
リアルな体験を
俺の脳は、素直に判別できていただろうか?




【夢を見ているみたい】




陶酔してしまって
微動だにしない〜

金縛りにあったみたいに動かない親友も!!!


夢と現実の区別がつかない状態だった様だ。




こんな幸運、
最高の時が我が身に訪れるナンテ〜


人生、生きててなんぼだと思うよ〜





キーちゃんは、
思考回路がショートしてしまい、
固まっちゃって動けなくなっちゃったんだって!!!

o(^_^)o










感じたよ〜


happy
幸せだって・・・






デイナーショウは、
初めての経験だったけど、



またひとつ見つけた、
幸せな時間が
明日へと向かわせる瞬間を!!





この繰り返しが、
人生を作っていくんじゃないだろうか?



ずーっと、代わり映えしない日常

屈辱の日々もあった。
諦めに沈んだ夜もあった。


でもね、
捨てずに、諦めることなく
追いかけてきたモノがある。



永ちゃんは、
その中の一つだ!




何もしたくない。
意欲が湧かない。

そんな時でも、
必ず新しいことを目指し
探し求めて、
生きてきた。



諦めたり
ブレちゃうのが俺だけど、



探しつづけることが、
楽しく、元気に生きることができる
答えだと思っている。




それで俺が良ければ良いのだから。





オレは俺だ!


って気持ちを持つ事が、


運命に左右されずに
運命を変えていける要件なのだろう。







永ちゃんは、
地方にあっては、
その地で輝くし、

6万人を集めた
直視出来ない様な場所でも、
俺を魅了してきた。


武道館では、
回を重ねる度に
成長するYAZAWAを披露する。



ホテルの500人クラスのハコでも、
また違った雰囲気を醸し出していたよ!








いろんな姿を見せられる永ちゃんは、

いつも、新しいことを考えているから、
環境の変化を、楽しみに変えて
常に
順応してしまうみたいだ!




しなやかに
ヒラリヒラリと!!







新しい事に興味を持ち続ける。
これでいい・・・
なんてないんだ。





この道を走り続けて行くだけ。



これでいいと立ち止まったり、
新しいことに興味を無くした時が、
リタイアの時なのだろう・・・






変化を乗り越える力は知識ではなく、
考える力から生まれるもの。

自分で考え、判断する。
すなわち「自律」がなにより大切なんだ!!








俺、50歳
まだまだだよ〜
これでいいなんて思ってないしー
トンデモないよ〜


それに
チャレンジする気持ちは
“ ココ ” から消えちゃいない。






歯医者の仕事
いつリタイアなんて考えない。
変化を遂げつつ、
楽しみながら、
やれるだけやるよ!!!

せっかく、始めたんだ。


俺以外の誰かに寄りかかって
たどり着いた訳じゃない。
全部、自分でやってきた!!!
カタチはどうあれ
扉は、
全て自分で開けてきた。


開業 = 自立 であり 自律

だった。






だから、
閉めるべき時がくりゃー
てめーで閉めるよ。





永ちゃんから教わったことは、

誰かに教わるよりも、
自分で行うことで学び、変化する。
そうすることで
常に自分らしい人生を生きられるって事。






昔の俺は、
実家が医者 、歯医者だったり、金持ちの親を持つ同級生を
羨ましく思ったり、
不平等だなんて考えていた頃もあった・・・

でもねっ

万人のための平等の権利
なんて最悪の不正義だって・・・

今は思えるんだ。



なぜなら、
みんなが平等になった瞬間には、
最高の人間が損なわれるのだから〜










知者は運命のただなかで魂を磨き、
運命を脱する。

神は時を征服しても、
知者の幸福までは征服しない。









大国魂神社でひいたおみくじ

『学問 あぶないです。 全力をつくしなさい』



正に我が事とハッとしました。
長い休み、落ち着いて勉強しようと思います。






日本武道館
またここに来ることができた。

俺自身にとっては、二年ぶりという事になるけど〜
永ちゃんの武道館129回目のコンサートに行ってきました。



年末の武道館コンサートは、
俺にとっての、
一年の締めくくりであり、
新しい年を迎える心の準備でもある。




二年ぶりの武道館コンサートに、
自分の健康がどれ位対応出来るのか?

これまでのようには
叫べない (^O^)
ノリノリを持続しての2時間は
正直なところ不安で自信が無い・・・


そんな今の自分が、
永ちゃんの武道館コンサートを心底楽しむことができるか?


俺自身の反応を見る上で、
ある意味、今後の自分の活動の目安ともなる
重要なチャレンジだった。





はしゃぎ過ぎず、
今の自分の健康が許す限りの楽しみ方



そんなんで、俺は楽しめるのだろうか?



以前の俺なら…
昔は…





イヤ
それぞれの、それなりの
楽しみ方があっていいはずだ!



今の俺を
素直に受け入れよう。





病気後の俺の変化とは、



そうしなくてはならない。

といった、
落ち着かせた、無理をさせない
その様な身体有りきの日常を受け入れること・・・

心が身体をコントロールする術を身につける。
言わば、
心の矯正の日々だと言える。








何処まで回復したか?
を期待し続けるんじゃなくて、


もうこのままっ!
このまま行くんだ!!



叶わぬ願いに苛立ちを感じながら生活するよりも、

健康の急な変化を受け止めて、
以前からの楽しみを、
新たな経験に変えていけばいい。




そんな心境を持ちつつ、
そろりそろりと
(*^^*)
コンサートに入り込んでいった。







年末の日本武道館でのライブとは、
永ちゃんの
全国ツアーの仕上げでもあるんだ
*\(^o^)/*





名前さえ知らない人もいるかもしれない〜???
から紹介しておこう。




矢沢永吉 65歳
1949年9月14日生まれ
職業 ロックンローラー 兼 実業家
広島県出身


今年も、
日本武道館5daysを含む全国8カ所
全16公演を〜ホボ消化しつつある
現役のROCK歌手
ミスター武道館だ!




なーんて紹介する必要がありそうな対象と言えば・・・


小中高の女の子
だと思うでしょ〜 (*^^*)



ところが、永ちゃん
今年は、
東京ガールズコレクションにも登場しちゃったんだー
(^_−)−☆



ROCKの大御所
矢沢永吉 降臨に、
小中高の女子が狂喜乱舞した!




永ちゃんの【営業】に死角は無い。



若いバンド(自分の子供と同じ歳)
ばかりが集う
夏フエスにだって出ちゃう!!




若い年代の人にも、
矢沢の音楽を聴いてもらいたい。



今の時代でも、
矢沢の音楽がイイと言ってくれる若者は
居るはずなんだ!




デイズニーシーへの出演を企画した際、
永ちゃんとのパイプが無かったオリエンタルランドは、

糸井重里氏に相談した。


すると
糸井重里氏は、こう言ったんだとか。



「多分、矢沢はやってくれるよ。
彼はそういう人を喜ばせる事が好きだから。
ただ交渉のときに、ある2つのコトを言って下さい。
それを言えば、矢沢は絶対にOKします」




まず一つは、

【矢沢さん、これは絶対にあなたにしか出来ないことです】




そして、もう一つは

【これは世界でまだ誰もやったことがありません】




という言葉。。。




永ちゃんからの条件は、

「サプライズにしてくれよ!」




理由は、
永ちゃんフアンは
少し見た目で、柄の悪い人も中には居るので、子供たちが怖がってしまう・・・


だから、
フアンがその場に集まらないように
サプライズにして欲しい。
という
永ちゃんの気配り、優しさでした。



唄ったのは
【星に願いを】


ショーは大成功!!!




後日、オリエンタルランドが
ギャラの話をするために
永ちゃんの事務所を訪ねると、
永ちゃんはこう言ったそう〜



「ギャラは受け取れないよ。
だって、世界でまだ誰もやったことがない、
俺にしか出来ないことをやらせてくれたんでしょう?」





世間が勝手に決めたワクを振りほどき
普通じゃない事?
に挑戦をし続ける。







永ちゃんは、
誰もが認める芸能界の【大物】だけど、


けっして、


「俺は、お前らとは違うんだ!」


なんてふんぞり返り、


良く知りもしないくせに
人に烙印を押して、
トリアージしたりしない。




人と物事にありがちな
垣根ってモノが永ちゃんには無いようだ!!






偉そうな事を言う位なら
背中で、



「営業はこうやるんだよ!」



って姿勢で示す。






何か若者にひと言〜お願いします。

と頼まれても、


「聞いた相手に責任なんて持てないし〜
そんなことは、
そっちで
好きにやってよ!?

ピーんときて、
やる奴はやるし、やらない奴はいくら言ってもやらないのよ」

(≧∇≦)


そう言ってはばからない・・・








年相応に威厳のある態度を示す???


そんなところが、
永ちゃんには無い!!!

MCの永ちゃんは、
キュートで、笑わせ上手でもあるんだ。




威厳は有るよ。
でもそれは、
経験から自然にかもし出されたモノ






自分をどう見せたいか?


その対象と思考の先にあるのは、
あくまで、フアンであり

充実したステージを観せる事が出来て、
はじめて
自分も満足出来る。


純粋でピュアな欲求でしか無いんだ。




このフレッシュな意識や感覚は、
初心を忘れず〜

なんてレベルの話じゃないと思う。







街から街へと、
俺のチケットを買ってくれるフアンがいる。


【現役ってありがたいなー】


そう感じ、感謝しながら
毎年やり続けている。







バックスクリーンに映る
65歳の男の笑顔は、
スゴくセクシーで、魅了される。



あんな風に歳をとりたい。
65歳になっても、
あんな笑顔で笑っていたい。




人生
結局は、そこなんじゃない。


いつも楽しく
笑顔の自分でいられること。






一緒に行った
キーちゃんと一致した感想。


『大人の為のサイコーのエンターテイナー
最高のROCKバンドだね』








永ちゃんには
学歴など無い。
家も無ければ、
家族だって育ててくれたばーちゃんだけ・・・



ハングリーを前面に出してた
若いころの永ちゃんから、

大人の色気と円熟味を増したステージを観せつける
現在の矢沢永吉には、
どうしたらそうなれるのか?
そんな成長、進化を遂げられるのか?




永ちゃんに起きた
重大な出来事
ターニングポイントと思える話をしたい。




1998年の正月
人生最大と言っていい危機が永ちゃんを襲った。



オーストラリアのゴールドコーストを舞台にした詐欺事件後である。




被害額 35億。
普通ならもう立ち上がれないじゃない〜
ギブアップだよ・・・




しかも、
友人と側近の裏切である・・・





髪の毛抜けながら、
過呼吸の手前〜

精神的にも限界ギリギリ・・・





はめたヤツが許せない!!!


身がよじれるような憤り。



苦い酒。






自分に対しても悔しかった。。。


深い自責。








世間の好奇の目が肌に突き刺さるようで、
妻と3人の子供を連れて、
アメリカに移住した。






自壊寸前の永ちゃんの心に、
妻のひと言がしみた。



「あなた知ってる?

人を恨まば、穴ふたつ って、

人を恨んでばかりいても、
解決しないってことよ。

自分も、
ふたつ目の穴に落ちるよ」







陥し入れた連中の事は忘れて、
借金は背負って、ただ返していけばいい・・・






永ちゃんの
ハングリー精神の元だった〜
広島での貧乏生活についても、
こう言われた。



「あなたは裸の王様そのものよ」



「なぜ、広島のことでくだ巻くの?」






過去がどうのこう言うのは、
もう十分じゃない。


それをハングリー精神にして、
ここまで来たんだし〜





全部許してあげて。





ソレが自分のためだから〜










人を許す ?


俺のため ?







自問自答した〜
行き場のない
怒りのエネルギーは、ただ自分自身を焦がすだけだった・・・







そして、
永ちゃんは、立ち上がった。

一度起き上がれば、
迷いはしなかった〜

6、7年で借金は完済した!!!!




ひとりで35億をだ!!!






「あの事件のおかげで、今の自分がある。
本当は、金が欲しかった訳じゃないってことも分かった」






幸せとは何か?




ずーっと、
探し求めていた謎が解けた。












「俺には音楽がある」




「俺にはコレがあると思えることが
(すなわち)幸せなんだ」










人生とは、結局コレを続けるってこと!!





いじけず
恨み辛みなど忘れて!



【今の自分を認めてやれよ】





永ちゃんからのMessage
だとさえ思っている。






俺の最高の教師なんです。










『I LOVE YOU, OK』


スネークのサックスが、
胸をえぐる!!!



そして、
OK牧場の主宰
キーちゃんの鋭すぎる指摘。




大塚 、城戸 のOKだったけど〜

OK牧場と永ちゃん
永ちゃんが唄う I LOVE YOU, OK
の歌詞が、
腹部から胸にかけて
俺を震わせる。




『振り返れば、
長く辛い道も〜
お前だけを支えにに歩いた』






これだったんじゃない?
俺たちのOK牧場って!!!





ほとばしる感情は、
永ちゃんの境遇と自分を重ね合わせて
ステージと一体化した。




今までで、
最高のコンサートだった。








2014年もいろいろあったけど、


今年の俺たち、
少しは
永ちゃんに認めてもらえることが出来るぐらいに頑張れたカナ?







美味いビールを飲みながら、
辛かった事も、これからの未来への目標も〜

たくさん話した。



しかし、
コンサートで永ちゃんからもらったパワーが、
負の出来事を、
負とは感じさせなかった。





コレ
ってやつを、
俺たち二人は互いに持っている。



何があろうとも、
ソレを持ってるってだけで
幸せなんだ。








永ちゃんにフアンレターを書いた。




「最新の永ちゃんは、サイコーな永ちゃんでした」















ROAD TO THE LEGEND

追いかけまーす。













古典を読むことを目標とした一年。
浅学である俺が
古典を評価する事には、いささか躊躇を禁じ得ないのだが、
初学者の所感と甘受して頂きたい。




今年は、オススメに先んじて〜

何度読み直してみても、
いっこうに解らない・・・
読めば読むだけドツボにはまり
目の動きから、脳への伝達のためのシグナルを感知できなくなってしまう。 (u_u)


そんな本をまず挙げようと思う〜
^_^



ベルクソン 『時間と自由』



この本を読解するには、
言葉(単語)が分からないとダメですね〜
スイスイと脳で、言葉が情景を描けるようになるまで、辞書を片手に言葉をつぐみ続ける必要があります。


訳者の所為としたいところですが、
名著といわれる作品です・・・
専門用語のノートを作って、
それを傍らに置き、読みすすめるしかあるまい!?
と感じていますが・・・
単に、俺自身の能力のなさ故なのかもしれません〜


いつかはリベンジしたい
惨敗の記録です。




デモ
分量的には、決して多くないので・・・
あしからず ^o^





西欧の古典は苦手です。

身近で使わない語句は、
意味を直ぐには、飲み込めないからです〜


それでも、訳者の高配?
弛まぬ努力によって
とても読みやすい優れた作品があります。

(^O^)




ヒルティ 『幸福論』


斎藤英治先生の編集ですが、
上智の渡部昇一先生も、ヒルティ研究の第一人者です。
渡部先生の本は、
ヒルティの幸福論を、
学者ぶった概念化や体系化を排して、
一介の生活者としての目線で実学として
表現しているので、
必然的に人生論となっています。

本屋では、手にとりやすい啓蒙関係の書籍と一緒に陳列されています。


話がわき道にそれますが、
Amazonでばかり本を買っていますが、
たまーに本屋さんに行くと、
選択肢が広がります。


以前は、心に留めていた本を目にして
再び、その時の心情やモチベーションが蘇ったりするものですねっ。 (^_^)







「憂いなき人間生活はありえない。
憂いとともに、しかも多くの憂いを持ちながら、憂いなしに生きること、
これこそわれわれが身につけなければならない生活術である」



この言葉は、本書の全体を貫き、
ヒルティの発想・思考を要約しています。




しかし、
俺が最も惹かれ、揺さぶられた一節は、



「苦難に際しては、少なくとも心の奥底では、いつもできる限り雄々しくあり、
またどのようなことがあろうともきわめて勇敢でありたまえ。
そうすれば、経験上必ず神の助けたもう日がやって来る。
しかし、最も苦しい時には
しばしばぶきみとさえ思える説得力でわれわれに承認を迫ってくるとおりに、
万一そのような助けがぜんぜん存在せず、
われわれを不安と圧迫で苦しめる事物がとり除かれないとしても、たとえその場合であっても、
気ばらしの享楽、厭世思想、怒り、ないしは怯懦などに身をまかせるよりも、
自分自身の心の勇敢さと善良さによって耐えるほうが、
やはりりっぱに生きてゆけることであろう。
なぜなら人生とはけっきょくは、
絶えまなく、そしておそらくは永遠にわたって
ひたすら自分自身に関して生きなければならないものだからである。
そして他人がではなく、われわれ自身がどのような性質の人間であるかによって、
われわれの幸福はなによりも決定されるのである」





でした。






人生は思い通りにはならない。
どうせ、こんなに頑張った所で〜



俺などは、すぐに考えてしまいます。
(*_*)




でも、心の何処かでは
「何時までも、そんな思考状態でいちゃいけない」
って
分かってる。


何時までも
そのままじゃーいられないって事!







弁護士、教授、政治家でもあったヒルティですが、
若い頃は軍務に服し法務官となり、
やがて陸軍法務長も勤めました。



経験だけが意識も行動も変化をもたらす。
薄志弱行の自分
であると憂うる思考に囚われる人間は、
同時に、
行動力が湧きあがることを渇望している人間でもある。



振りほどけない〜
陥りがちな思考状態へも
言及している。



真実の感情を生み出すのは、
試練や苦難であり、その恵みを得て
至福の境地は、
決断を持って苦難に立ち向う勇気によって開かれるのだと。





人間性をそこなわず、
人生に役立つ【ほんとうの教養】

今の流行り言葉で言えばレジリエンス
ということになるにかなー?



その必要性と要件をヒルティは既に記しています。




1、生来の感性と利己主義とを、より高い関心事によって克服すること

2、心身の諸能力の健全な、均整のとれた育成

3、正しい哲学的・宗教的人生観



このどれか一つを欠くならば、
人間のうちにある或るものが萎縮して、
りっぱな発達をとげることができない。




1の文理解釈をすると
前記の答えになっていますよねっ !!





ヒルティは、
常に関心事を持つことで、
旧来の自分の感性と利己的判断を克己するのが、
【コツだよ】
と言っているのだと思う。





もう一冊は〜
と邦書を紹介したかったが、
大変喜ばしいニュースが届いたので
拡散したい。



今でこそ院内感染は、
話題、問題として取り上げられないが、
平成の一桁の頃は、
入院したがために〜
他人の菌を、医療行為を媒介して
感染してしまい、死に至ってしまったケースが多くあった。

MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)
による院内感染の事です。


健常人には存在していても、
何も起こらない〜
本来は、感染力の弱い菌です。

しかし、手術後の免疫力が低下した
高齢者や病人では、
MRSA により、肺炎や敗血症になり
死に至る事があったのです。


沼津市立病院へ行っていた時分、
俺も、多くの事例に遭遇し悔しい思いをしました・・・




原疾患とは因果関係の無い疾患を併発して、高齢の患者さんに入院が長期化するケースに、
バンコマイシン万能論
で臨んでいたが、効果は均一化せず

無力な医療の自覚から、
院内の清潔化が迫られました。
しかし、そう簡単な作業では無かったのです。

菌やウイルスの感染は、
発生と撲滅のイタチごっこではないでしょうか?

人類を滅ぼすのは?
近視眼で危険度を考えると
エボラでは無いですが、菌やウイルスが
原因となるように思います。






この度
東大の微生物学の研究チームが
MRSA を殺す抗生物質を作り得る細菌を発見しました!!

既存の抗生物質が投与後30分経過してヤットMRSA を殺菌し始めるのに対して、

【ライソシンE】と名付けられた

抗生物質は、
1分で、99,99%殺菌出来るようです。
*\(^o^)/*


既に、生体への悪影響がない事も分かり、
治療薬としての承認に向けた実験を開始する模様〜
《7、8年後の実用化を目指したい。》
そうだ。




この細菌を発見するのに要した時間は、
2年7カ月。
各地で採取した土壌中にいる
約14,000種類の細菌を、
チームは調査した。


俺もNIH帰りの教授について、研究を手伝った事があるが、
とにかく、
同じ作業を繰り返し繰り返し
エラーを無くし、辛抱を重ねるだけだ!

生易しいことでは無い。
体力・精神力共に
極めて秀でた才能の持ち主しか生き残れない。






今でこそニュースで取り上げられないが、
今も、不本意な院内感染により、
本人にとっては
いわれのない因果関係から、
死へと運命が直進してしまう患者さんがいる。



この研究が成果を出し、
治療薬として世に出て、
免疫力が落ちた高齢者や病人を救う日が来ることを願ってやまない。




更に付け加えると、
この菌が発見されたのは
『沖縄県の土』
からである。










どの因果関係を貴方は肯定しますか?













年末の高知旅行
2泊の予定を急遽3泊に変更・・・

理由は、
ネット予約で帰りの航空券の予約日を間違えちゃった〜

2日に行って、2日に帰って来る???
とんでもない失態〜

でも、俺ってよくやるのよ〜


キャンセル料は55%
4日は既に航空券を取れず〜
もう一泊延泊してきまーす (≧∇≦)

ドジは治りません〜
実験には向かんわな〜〜〜


(^_^)a








Fin





東京に暮らしていると、
時たま、田舎が恋しくなる。


山形に赴任していた際の通勤路。
サクランボやラフランスの広大な畑の間を自転車を走らせれば、
この時季は、
周囲の山々に色を付けていた紅葉が、
少しずつ寒々しい姿を露わにして、
白いものをいただくようになってくる。



もうすぐ
本当に厳しい雪の季節の到来です〜



最初の任地だった
御殿場も雪は降りましたが、
その量の違いでしかないのかもしれませんが、
山形の雪が降り積もる様子は、
しんしんと静かな時を刻みます。


夜も深まると、
僅かな街灯の明かりで、
降雪スピードを知ることができます。

翌朝の雪かきは、一週間も続くと
さすがに苦痛ですが〜
雪の夜は、
実に静かで、これを静寂と呼ぶのだろうと感じたものでした。




都心で紅葉といえば、
明治神宮外苑の銀杏並木だそーで!?
東京在住にも関わらず、
初めて見に行った。


異常とも思える人混みからは、
中国語か韓国語が聞こえてくる〜
ここも
立派な観光地なのだ・・・



早々に離脱し
球場と國學院高校近くのカフェで小休止だ (^^)

客は、読書をしているひとりの男性客のみ、
やっと一息つけた。




年内は、無謀とも思える読書と勉強スケジュールにしてしまった為、
目が疲れて、疲れて ・・・ (≧∇≦)
トホホ〜

視点の遠い
広いところに休みは行きたい気分。



高いビルに登れば、視界が開けるかと
思われたが、
鋼鉄の街の景色は、
自然と違って、
目にも弾力が無い様に思えるのは、俺だけだろうか・・・?







神宮外苑の話に戻るが、
ヤクルトスワローズの本拠地である〜
と思っていた神宮球場は、
明治神宮の持ち物!


毎年、ヤクルトと明治神宮は契約を更新している。


と言うのも、
学生野球の聖地として
学生の試合を優先する方針なんだそうだ!!



不採算のために
反対意見も多くあるそうだが〜
良いじゃないか?!

あんな都心で、野球の試合をしている同級生や先輩・後輩を応援する大学生という存在や現象も、
十分に貴重なのだ・・・




愚娘が大学生となり知ったのだが〜
SK戦の日には、休講になるらしい・・・


音楽にしか興味の無い愚娘などは
もちろん応援に行かないが〜
ラッキーだ!
と喜んでいる。
教授にもよるのでしょうが・・・^o^
これも伝統!?



平和ですねー ^_^









少し前になりますが、
京大学生寮への強制捜査がテレビで報道されました。

中核派のデモで警官と小競り合いをした
京大生を公務執行妨害罪で逮捕。
その後、
キャンパスに入り込んだ捜査官を、
協定違反だと糾弾した〜




革命的共産主義者同盟
マルクス主義青年労働者同盟
マルクス主義学生同盟
の総称が中核派 です。


時代錯誤的な感じもありますが、
公安は今でも、
あの様な事例は年中行事であり、
ひとつの抑止力の行使だとしか思っていない。


まあ、想像力の産物と言われれば
それまでだが・・・

だとすれば、
内心の自由である
思想・良心の自由を侵害する行為なのではないだろうか?!


民間企業経営者の多くが、
過去のマルクス主義の啓蒙を受けて、
活動の一端を担っていた過去を持つ。



近年亡くなった西武系の大物(詩人としても有名)は、その中心的存在だった。




学生に限らず
違法性の無い表現行動は、許されるべきだと俺は思う。



頭脳明晰で反骨精神に溢れ
詩心豊かな人間が存在することは、
時の政権に意見する事で、
行政力の濫用を抑止しており、
弾力性のある社会の証明だ!




どこぞのミスキャンパスが、
学生時代にホステスのアルバイトをしていた事から、日本テレビの内定を取り消されたが、
中核の活動に参加すれば、
その後の人生がせばまり、
抑圧と差別の中を生きていくしかない事を、
本人たちは100%自覚している。

往々にして彼らは、
頭の良い人間の集団であり
優秀な学歴を持つ。


先輩や後輩
大学の先生達からも助言はされたに違いない。


「お前、就職無いよ!」


学生運動参加者が、三菱関連企業の内定を取り消された事例の裁判では、
採用の自由を企業に認めたのだ。




京大の学生だったら、
間違いなく知ってるよ!!



将来の安定を棒にしても、
自分の思想信条に従い行動する。


現代にあっては、
とっても稀有な若者だと!
俺なんかは思う。


どんな思想を持った人間でも、
意見を自由に言える社会であるべきだと思うんだ!





将来のリスクを自認して起こした行動の責任は、
本人が一番分かっているし
取らざる負えないのだから〜



思想信条を注視してみれば、
かなり、極端なトップは過去には
多勢いて、
有名大学の総長や学長辺りは
その最たるものだ。


東大、京大なんかは
強烈なリーダーがいた。




その方達は、
民主的な選挙で選ばれたのであり、

闘わない奴より、
闘っている人が魅力的であり
人を引き付けたのだろう。






もう間も無く選挙ですね〜

新聞には、連日各政党の選挙公約や、
選挙のキャッチコピーが出ていますが、

人間、
最終的な決断を迫られた時には、
個人の自由な思想信条に基ずいて行動するに違いないのです。



ロックの築いたナシオン主権は、
現在の我が国の議会性民主主義の基礎であり、
最期は、
選ばれた議員個人の判断です。

ルソーの社会契約論から派生したプープル主権は、
強く各個人の代表者である事を意識させた点では、
民衆と議員との一体感を醸成しましたが、
代表者には、自由な判断をすることができずに、会議は機能不全を起こしてしまいました。
現代で言えば、労働組合的でしょうか?





選挙では、確かに自分達の代表者を選ぶのですが、
議員達は、
それに縛られる必要は無いのです。




選んだ人間に全て任せる。
コレが、現行の選挙制度のカタチなのです。







中核派の本社である前進社は、
俺の家の前の道を、
まっすぐ行くこと
徒歩5分の場所にある。

入り口が監視可能な駐車場には、
何時もキャンピングカーが止まっていて、
時折、店屋物の出前の空き皿が置いてある。





こんな近くに
ある思想の本社がある事実は、
社会を隔てる境界線が、
いつも自分達から遠くにある訳ではなくて、
その線の上で生活しているに過ぎないと認識すべきなんじゃないだろうか?




犯罪だってそうだ
あの人が?
って事例は沢山ある。

俺たちは、
刑務所の塀の上を歩いているのかもしれないんだ。








自分はこうだと考えてみたとしても
世の中は、弾力に富み
しなやかに歪んでいる。


いろんな人やいろんな出来事があって当たり前。






現在のところ
従うべきは・・・



答えはひとつじゃない。




それで良いじゃないか?
が答えなのかも

(^○^)




姿勢


ここ一週間、ウイルス性胃腸炎になり、今も、お粥の生活だが、
不思議と俺は自然体で、違和感を感じ無い。

連休なのに外食も叶わず
妻は、不満だったろうと想像するが、
痩せこけた俺の顔を見ると〜
そんな事も言えなかったのかもしれない・・・ ^_^






先週、
衆議院が解散した。

様々な思惑が渦巻く中
次の選挙には立候補しない事を表明した議員もいる。



いそいそと
本会議場を出る議員達を映す映像は、
いつもと変わらない印象だ〜


そんな中
誰もいなくなるのを待って
ユックリと立ち上がり

視線を正面に据えたのち、
ユックリと
一礼をして会議場を一番最後に去って行った議員がいた。





一生を捧げたこの場所を去るに当たって、
最後に語られた言葉は、
透明感のある
真摯な国会議員の姿だった。



人に対しての世間の評価は様々だ!

個人の人生模様は、
人生を賭けた仕事を終える時
幾つかの表現として、メッセージ性の強いモノを発する。


「最後に一言」


は、必ず聴く者の中に
心を離さない部分を感じ取る人間がいるものだ。



1分にも満たないコメントだったが、
選挙に臨む後輩達に聞かせるべき
言葉だった様に思う。



勢いのある「えいえいオー」
じゃなきゃ
サマにならないのだろうか?
^_^





色々なタイプの政治家がいる。

俺は、どうも〜
ノラリクラリ
としている
古狸タイプが好みのようだ ^o^


舌鋒鋭く、
無表情に押しまくる
いかにも頭が良いです!?
みたいなタイプが目に付くようになって
きたのは、
いつからだろう?





俺が尊敬する牛尾治朗氏は、
若かりし頃の生意気な自分が、全国青年会議所の会頭になり
意見を聞きたいと呼ばれた
政府の専門家委員会の席で、年上の国会議員や官僚を無能呼ばわりするのを、
表情一つ変えずに

『うーーん うん、 うん』

と黙って聞いていた大平元総理をみて


なんて反応の遅い、キレのない政治家か!!


そう思ったそうだが、
会合を続けるうちに、
その人物の度量の大きに惚れ込んで行った
と言います。




若くして事業に成功し、
学歴もあって、この世に怖いものなんて無いと思っていた自分も、

誰もがそうであるように

人生につまずき、くじけそうな時
助けてくれた人々の尽力が有ってこそ、
今の自分が在る。


【分かった様な積もりになっていた】


自分を恥じると共に
若僧と見下す事も、怒って、言葉を荒げることも無かった〜
大平元総理の様な人間こそが、
人の上に立って、国を導くことができる人物なのだなと感じた〜



人と話していると
どうしても、知っている事を話したくなっちゃう・・・

デモ
絶対に、知らない事の方がまだまだあるに決まっているのだ!


生意気だろうがなんだろうが、
意見を聞きたくて呼んだのなら
最後まで聴くことが、その時の仕事。


ついつい自分を出しがちだが〜
地所位
に徹することが、上位者には求められているのだ。





いつかは、そうありたいと考えるが、
1時間はすぐ過ぎてしまい、一年も経つのが速い。
10年後、どんな自分になっているか?


何となく今よりも良くなっている。
と思っている人が多い〜

しかし、
今の生き方がそのまま10年後の生き方であり、
年を取った分だけ人生は下り坂になっている・・・


そうならないためには、
いま目の前にあることに全力を尽くすこと!!!

その姿勢を習慣にする事。







画壇の孤峰 中川一政氏の言葉

「稽古をしてはならぬ。いつも真剣勝負をしなければならぬ」







人生はよく山登りにたとえられる〜

山に登る人と下りる人がいる、
でも、それは年齢ではない。

90%の人は山を下りている・・・
90%の人は力を出し切っていないからだ!

人生の山を登っている人は10%









そういえば、明治期のリーダーたちは、


「自分が一日怠ければ、日本の進歩が一日遅れる」


という気概を持って生きていた。


だから日本は日清日露の戦いに勝利し、
世界に伍していくことができた。








京都旅行以来
俺は路の途中です〜











正月は、土佐に行ってきます。




キーちゃんのクリニックで修行した後、
実家のある金沢で開業したシゲミツ先生が上京して来た。


彼と面識のある
当クリニックの千葉先生と鈴木先生もそろい踏みの今回のOK牧場 ^o^






終始、キーちゃんのマシンガントークが炸裂してたー ^_^



下ネタ混じりのトークに
時折混ざる示唆に富んだ言葉!


今だからこそ伝えられる事
伝えたい事があったんだと思う。



シゲミツ先生は、
師匠から何を学び、吸収したのか?







金沢に新幹線が開通するのは
来年の春との事!!
また、その頃に再会しよう (^_^)





俺達の時代は、
研修医制度が無くて、
各々(おのおの)が交友関係を頼りに
就職して行った。



この最初の勤務先が与える影響は、
流派とも言えるかのごとく
診療方針や手技に違いをもたらす・・・
いやいや
経営判断の際にも、自分の師匠の顔が浮かんで来たりする。
(≧∇≦)





今回初めて知ったが、
シゲミツ先生の弟は
一念発起して、
上海の医大を卒業して
中国で医者をしていたそうだ・・・


ところが・・・

例によって・・・?

中国共産党の唐突な決定により、
中国国籍を有さない医師の
国内での診療を禁止する法律を作った!
為に、医師免許は持っていても、
中国国内では
診療ができなくなってしまったという〜



日本での医師免許を取得するにも、
国家試験前に、
予備試験があって、大変な難関らしいのだ!




中国国籍を取得すれば良いのだけれど〜

それは選択肢に無い
らしい。



やりたい放題の恣意的な国家政策をする中国は許せないからだ!!!




弟君が怒るのはもっともだ!

人の人生を何だと思っているのか?!






中国の意図
真意はわからないが・・・

現代の日本でも、
医師免許保有者は、国家公定の管理を受けている。




医療に関する専門教育機関の設置は、
江戸中期に本格化して、
藩校医学科や医学校は、
十万石以上の藩であれば、
相当な医学教育制度を有していたそうだが〜



一方、
医者の修行・身分獲得は、
これら専門教育機関ではなく、
【学統】
と言われる流れがあったという。



社会的承認を近隣の医師や患者から得るには、
まず近所の手習いで基礎教養を学び、
近くの医師に弟子入りして、
師匠の推薦を得て近隣都市の医学塾に進む必要があった〜


さらに、
江戸・京・大阪・長崎などの大都市、
医療先進地へと修行の旅に出た!




こうして、
既存医学の【学統】に連なり、
権威と学問技量を受け継いではじめて認められていたのだ!





藩校は、学統と比べると
充分に力を発揮出来なかったというのが実状らしい・・・


ある学者の意見だが〜
医者は、市中・民間が育てたのです。


そして、
学統により免許を取得した医者の方が
社会で活躍していたのだろう。









群大病院の医療過誤事例の記者会見の場所は、県庁だったよね!

地域医療の最高位のハズ・・・
県民も頼りにしていたのだろうが・・・





医者への畏敬の気持ちは、
行政の一部分としての管理に壁となって
弊害を生んでしまっている〜




一匹狼が、多勢いる職場で
上層部がコミット出来ない状態なのだ!





あの階級社会である自衛隊でも
実はそうだった (-_-)


方面総監の車が通る時には、

当たり前だが〜
正対し直立不動の姿勢をとる。


ところが、
一人のまだ佐官にもなっていない医官が、
公然と無視して、
大問題となった事がある。




それまで自由な研修や、
勤務調整が可能だったが・・・

それ以来、
医官の特別扱いは認められず
『窮屈な?』
勤務になった・・・



自衛隊ならば、
管理の強化は容易くもあるが、
この管理という言葉を嫌い、そぐわないのが、
医者の習性なのだ〜





行政の旗印を掲げた基幹病院の
事務的な不備は、
同じ身内ゆえの甘さ?
甘えなのかもしれない。


当たり前とも思われる規律の維持は、
毅然とした社会規範があった江戸時代であったならば、
やはり、
師や地域の長老が率直な判断を下した事だろう。


「君は、このまま外科医としての道を歩むべきではない」


と〜


なんとなく正しい規範であるように感じる。



群大病院のドクターは、
患者さんの家族に簡単で二週間で退院出来るから〜

と告げていたらしい。





法律で、強制力のある国家権力を行政が市民に対して行使しても、
身内にゆるくては〜
信頼と規制の信ぴょう性が疑われてしまう。



力によらない
義務感を生まなくては、
生きた法律・規制にはならない〜



日本古来の徒弟制度は
極めて優れていたと思わざるおえない。
















古くからある風習や考え方を
捨てすぎちゃったかなー???